基本法の名に恥じないものとするには

与党内のすり合わせにより、今国会に議員立法の「認知症基本法」が提出されることになりました。今国会の会期は(延長がなければ)6月26日までなので、主だった審議の場は8月中にも開催が予想される次期臨時国会となりそうです。期待を込めたうえで、実際の審議でどのような点に着目すべきでしょうか。

そもそも「基本法」とはどういうものか?

政府は、今年の5月、すでに「認知症」施策にかかる新たな大綱案を示しています。ただし、今回のような認知症にかかる基本法が制定された場合、政府の施策も国会で制定する法律にのっとることが必要となります。つまり、今回の基本法案は、今後の政府の施策のあり方を見すえるうえで、先の大綱案よりも重視されるべきものとなるわけです。

そもそも「基本法」とは何かについて確認しておきましょう。日本では、国会の議決が必要な法律に「憲法」と「個別法」があります(憲法の改正は、国会の議決後に国民投票を要します)。近年、この両者の間に位置づけられるようになったのが「基本法」です。

もう少し分かりやすく言うと、「憲法」は、国が施策を行なううえで「必ず守らなければならないルール」を示したもの(憲法でも「国民の義務」を記した条項がありますが、これは「国民に課す義務」の範囲を示したうえで、国に「これを逸脱しないよう」に規制をかけているという考え方があります)。「基本法」は、「憲法」にのっとった範囲で国や自治体の施策の基本方針を示したもの。「個別法」は、「基本法」で示した基本方針を実現するための具体的な法律ということになります。

「基本法」を電車のレールにたとえるなら…

したがって、今回の「認知症基本法」が成立した際には、その後に具体的な施策にかかる法律制定も想定されるわけです。それら認知症施策にかかる個別法は、原則として基本法に定める方針に従わなければなりません。大雑把ですが、電車にたとえるなら、「電車が暴走しないような安全装置」にあたるのが「憲法」、「電車が走る敷設レール」にあたるのが「基本法」、「レールの上をきちんと走るように設計された電車」が「個別法」となります。

これにより「レール上の電車」はきちんと走るわけですが、一つ気をつけなければならないのは、「レール上でない所に規格外の電車が侵入する」という危険は依然として残ることです。つまり、レールが隅々まできちんと敷設されていない(基本法が想定していない部分がある)と、すき間をぬってレール外を電車が走り、私たちの安全を脅かすという懸念を完全にはぬぐえないことになるわけです。

これを頭に入れたうえで、今回の認知症基本法の条文要約を見てみましょう。すべてにおいて、国と自治体が講ずるべき必要な施策が位置づけられたものになっています。これらの施策には、当然、何らかの予算措置が必要となります。問題は、既存の社会保険制度(介護保険や医療保険にかかる制度)に対して、この予算措置がおよぶのかどうか。この点がどうも明確にはなっていません。

既存の介護保険サービスにも言及すべきでは

先のたとえに戻るなら、たとえば介護保険制度上に「レール」が敷かれていないということにならないでしょうか。もちろん、「基本法では、医療・福祉サービスの提供体制の整備をうたっており、当然、そこに介護保険サービスも含まれる」ということなのかもしれません。しかし、現状において認知症の人とその家族が頼っている資源の多くが介護保険によるサービスであることを考えれば、条文に必ず加えておくべき内容があるはずです。

具体的には、以下のとおりです。条文要約には、「認知症の人に対し適時に、かつ、適切な保健医療サービス、福祉サービスを総合的に提供するため、地域包括ケアシステムを構築することを通じ、保健医療、福祉の相互の有機的な連携の確保、その他の必要な施策を講じるものとする」という部分があります。

この後に、「上記の実現のために、既存の介護保険サービスにおける認知症ケアの体制の拡充に向けた施策を講じるものとする」という一文を加えるわけです。これがあるだけで、現状でサービスを利用している認知症の人やその家族、そしてサービスを提供している従事者にとっては、「現状の延長にあるビジョン」が見えやすくなるのはないでしょうか。

仮に介護保険制度が「レール外」となってしまえば、その部分の施策が基本法にかからないまま(財務省の施策方針などにより)「暴走」することを押しとどめることはできません。現場が求めているのは、基本法の名に恥じない「暴走の抑止力」であるはず。国会審議では、この点についてじっくり議論しつつ、場合によっては与野党共同での付帯決議なども視野に入れてもらいたいものです。

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