「健康寿命の延伸」ビジョンの注意点

にわかに大きな論点となってきた「健康寿命の延伸」。このテーマについて、厚労省は「健康寿命のあり方に関する有識者会議」や「健康寿命の延伸の効果にかかる研究班」を立ち上げ、報告書や議論の整理を示しました。この議論が、介護保険制度のあり方などにもつながっていく可能性を探ります。

健康寿命が延伸しても医療費は減らない理由

そもそも健康寿命とは何でしょうか。有識者会議の報告書によれば、現行の指標となっているのが、「健康上の問題による日常生活への影響がない期間」とされています。この指標にもとづく算出では、2016年時点の平均値は男性72.14歳、女性74.79歳となります。

この数字を伸ばしていくとき、施策的な目的として思い浮かぶのが「医療費や介護費の節減」でしょう。ところが、先の研究班で提示された資料を見ると、「健康寿命の延伸が医療・介護費の節減につながるとは限らない」というデータが示されています。

実は、「健康寿命を獲得するための予防対策は(短期的な医療費を削減できても)生涯医療費を削減できない」とのこと。健康寿命の延伸はそのまま寿命の延伸につながり、生涯医療費はむしろ増える可能性があるからです。そのうえで、「予防対策は、医療費を節約するためにやっているわけではない」とも述べています。あくまで予防のアウトカム(効果)は「人々の健康の獲得にある」というわけで、当事者のQOLをアウトカムとするこの見解自体にはうなづける人も多いでしょう。

「治療からケアへ」で介護費はどうなる?

注意したいのは、別の研究者が次のように述べていることです。それは、「予防医療などで健康寿命が延びたとき、医療費そのものを減らさない場合でもGDP(国内総生産)を増やすことに貢献するのなら、結果的に医療費比率を抑えることができる」という見方です。

つまり、健康寿命の延伸の先には、「できるだけ長く働き続けてもらう」というビジョンがあり、そこに医療費の節減効果が絡んでくるわけです。施策側としては、健康寿命の延伸と社会保障費との関係において、上記のビジョンを強調していく流れが予想されます。

では、もう一方の介護費はどうなるのでしょうか。提示資料では、「健康寿命の延伸によって高齢者の(さらなる)高齢化が進めば、『治る見込みのない病気』のケースが増える」としたうえで、以下のように述べています。それは、病気を完治させる「治療」ではなく、前向きな気持ちで病気と付き合っていくことを支える「ケア」が重要ということです。

気になるのは、ここで「後者の方が医療費はかからない」としたうえで、社会保障費の増大に向き合いつつあるアジア諸国に向けた「モデル輸出になる」と述べていることです。仮に、終末期における「医療からケアへ」という流れが実現されたとして、そこで費やされる介護費はどうなるのでしょうか。

この点については触れられず、医療費が減るから社会保障費の節減になるという理屈だけが先行しています。「医療に比べて介護はお金がかからない」という前提があるとすれば、「ケア」にどれだけの専門性が必要かという見方が欠如していると言わざるをえません。

「要介護1は健康」というもう一つの指標

さらに注意したいのが、今回の報告書で述べている「健康寿命」にかかる補完的な指標です。これは、2012年以降、国が公表している「健康寿命の算定プログラム」なのですが、これが要介護度を基準としています。具体的には、要介護1以下が「健康」、要介護2以上が「不健康」というものです。「要介護1が健康?」と思われる人もいるでしょう。

この指標はまだ政策目標には位置づけられていませんが、今回の報告書で取り上げられたということは大きな意味を持ちます。うがった見方をすれば、「要介護1は健康なのだから、サービスの見直しも必要」という施策的な根拠に使われる可能性もあるわけです。

こうして見ると、健康寿命の延伸ビジョンにより、たとえば2021年度の介護報酬改定にもさまざまな影響がおよぶことが考えられます。たとえば、要介護1以下が「健康」と位置づけられれば、そのサービス範囲の見直しはもとより、ケアマネジメント上の目標設定として「就労の実現」がうながされる可能性もあります。さらに、終末期医療について医療費から介護費への組み換えが進み、その部分への重点化が進むことも考えられます。

今後、「健康寿命の延伸」に向けて、国がどんな手を打ってくるのか。それが介護保険にどのような影響をおよぼすのか。現場としても、さらなる注意を払うことが必要です。

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