認知症「共生」ビジョンの晴れぬ霧

介護保険部会の論点のうち、今回は「認知症」の関連項目を取り上げます。部会に提示されたテーマは「認知症『共生』・『予防』の推進」。このうち「共生」とはどういう意味なのでしょうか。現実に生じている課題への対処も含め、今後の議論のあり方を考えます。

大切なのは「共生」という姿への道筋

「共生」とは、文字通り「共に生きる」こと。認知症の人とその家族が、地域の人々と共に生き、支え合う姿を示した理念といえます。

ケアマネジメントでいえば、利用者の「している・できている生活像」を長期目標に描くのと似ています。その目標達成のためには、壁となっている課題を分析し、具体的な支援をもって一つひとつ解決してく道筋が必要です。目標となる姿を利用者に示し、「そこに至れるように頑張りましょう」とエールを送るだけで、実現できるものではありません。

ところが、国が「地域共生社会の実現」といったビジョンでかかげる「共生」は、まさにゴールの姿だけ示して「(自治体や地域住民に)頑張りましょう」と告げているだけのイメージがつきまといます。ゴールに向け、「今、目の前にある課題」をどうやってクリアするかという道筋には依然として霧がかかり、明確に示されているのは、霧が晴れた先にある姿だけ──そんな感じではないでしょうか。

「安心」と「共生」の順序が逆では?

認知症の人と家族にとって、共生のためには「地域にかかわれるだけの安心」が必要です。「共生」できているから「安心」なのではなく、「安心」があってこその「共生」であるという順序を間違えてはならないでしょう。

その「安心」に向けた支えとは何でしょうか。介護保険でいえば、「要介護認定で認知症が正しく考慮されているか」という不安にきちんと答えを出すこともその一つでしょう。

現在、与党内では、今国会の成立を目指した認知症基本法の策定が進んでいます。そのたたき台となる骨子案について、認知症関係当事者・支援者連絡会議(「認知症の人と家族の会」など4団体で構成。以下、連絡会議)が、さまざまな意見を述べています。

骨子案に対する意見の一つに注目してみましょう。対象は、骨子案の「国および自治体が講ずるべき施策」の一つに「調査の実施」という項目が示されたことです。具体的には、「認知症施策を適正に策定しおよび実施するため、認知症に関する調査の実施および調査に必要な体制の整備、その他の必要な措置」となっています。これに対し、上記の連絡会議は、以下のような意見を付しています。

「現状では、介護保険認定審査の調査項目が十分でないために、適切な認定にはつながりにくい事例がある。適切な支援を適切な時期に実施していくことが、認知症の人と家族等の安穏な生活につながる」というものです。

つまり、施策のための調査の実施以前に、今ある認定調査をしっかり行なう(もしくは、そのしくみを固める)ことが最優先ではないかという疑問を呈しているわけです。同様の課題としては、特養ホームの要介護1・2にかかる特例入所での(特に認知症にかかる)施設側の判定課題なども含まれるでしょう。

共生できている人」のための「共生」!?

もう一つ「共生」という地点に向け、掘り下げが必要な課題として、初期支援からのBPSDの緩和があげられます。

新オレンジプランにもとづき、18年度から認知症初期集中支援チームが全市町村で実施されています。しかし、そこでの初期支援から介護サービス等につながる時点で、確かな鑑別診断にもとづいたBPSDの継続的な緩和や、その点についての介護現場へのアドバイスなどがきちんと果たされているのかどうか。

この部分が十分に機能していなければ、著しい不穏や混乱をきたしている利用者を受け入れる介護現場の負担は極めて大きくなります。なおも初期支援の多くを介護現場側で担わざるをえない状況があるとして、報酬上の評価も考慮する必要があるでしょう。これらを検証することも不可欠なはずです。

この入口部分への手立てを抜きにしたまま、いくら認知症カフェやチームオレンジなどの「互助的しくみ」の旗振りをしても、結果として「(すでに穏やかな状態を確保して)共生できている人」だけのための施策となってしまいます。厚労省内に「注文を間違える料理店」がオープンしましたが、これも「地域にこうした取組みを増やす」という旗振りだけでは本質的な課題の解決にはなりえません。

認知症の人と家族、そして支える側の介護現場が入口部分で何に苦しんでいるのか。この部分に正面から向き合わなければ、「共生ビジョン」も「(ケアプランにおける)課題分析を伴わない不適切な目標設定」と同じになってしまうはず。このあたりについて、介護保険部会でもしっかり掘り下げたいものです。

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